民衆・大衆の姿を残し、伝え、使うために ―― 大宅壮一文庫の持続可能な存続に向けて

大宅壮一文庫

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 インターネットの学術利用をテーマとしたメールマガジン「ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)」の 821号(2020-10-26)に掲載された鴨志田浩氏(公益財団法人大宅壮一文庫)のコラムを、クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際(CC BY 4.0)ライセンスに基づき転載いたします。

(※転載にあたり、編集部にて小見出しを追加しています)

民衆・大衆の姿を残し、伝え、使うために

 大宅壮一文庫(以下、大宅文庫)は、ジャーナリスト・評論家の大宅壮一(1900年~1970年)が収集した資料を、その遺志により広く一般に利用してもらうべく設立された公益財団法人運営の図書館である。

 その特徴は、雑誌に特化した図書館であること、雑誌タイトルや書誌情報ではたどり着けない「記事」を採録して索引を作成していること、そしてその索引を独自の項目体系「大宅式分類法」で整理分類し検索ができることである。

 一般に図書館で収集している雑誌と言えば、CiNiiで探せるような学術誌か、スポーツ・趣味などの専門誌を想像されるかもしれない。しかし大宅文庫で扱っている雑誌は、書店、コンビニ、キオスク等で販売されている週刊誌・月刊誌等を主としている。

 中にはご家庭に持ち帰ることが憚られるグラビアのある週刊誌や、国立国会図書館でデジタル化されていない女性週刊誌、いわゆる「実話系」と呼ばれる犯罪や反社組織の読み物を中心にしている雑誌等、紙の雑誌を読んだことのない方でも、新聞広告や電車の中刷りで見たことがあるだろう、あの雑誌群である。

「つまらん本ほどいいんだ」

 大宅壮一の個人資料室(雑草文庫と称した)はマスコミ界では有名で、1955年のインタビューでは「大正13年にはどんなことがあってどんな人気者がいたか、というような民衆のライブラリーをつくりたい」「つまらん本ほどいいんだ。一時大衆の間に圧倒的に受けて、今はもうゴミダメの中にあるものがいいんだな」(筆者要約)と答えている。「情報に貴賎はない」とした大宅壮一の面目躍如であり、実践でもある。

 一方で、読みたい記事へのアプローチについては大変苦心していた。切り抜きをカードケースに収めてみたり、図書館のカードを参考にしてみたりと試行錯誤していた証言が残っている。そうした試みの中から「大宅式分類法」は生み出された。

 人物名は姓→名の読み通りに50音順に整理すればよい。事項や事件については、「政治」「経済」「世界」「世相」といった基本33の大項目の下に(例:「世相」)→中項目(「戦後の世相」)→小項目(「国民総背番号制」)というツリー式分類がぶら下がっている。

 1988年からはデータベース入力を始め、以降は小項目(「国民総背番号制」)のさらにその下に→キーワード(「マイナンバー」)がふられている。

 項目の中には「探検・移民」や「右翼」「左翼」、「賭博」や「奇人変人」等、通常図書館分類ではお目にかからない事項が並び、まさに「一億総白痴化」や「太陽族」等、数多くの大宅造語で、世相を切り取り一言で言い表した大宅壮一ならではの索引体系である。

「重要か重要でないかは、だれが決めるんだね?」

 「僕の場合、一冊の本は百科事典の一項目に相当するのでね…何万冊あっても、全体で一冊の本になる訳だ」。1964年のインタビューの言葉である。資料整理を手伝っていた草柳大蔵が伝えた「本は読むものではない、引くものだ」に通じる考え方だ。

 「一冊十円の雑誌でも、カードをとるのにまる一日かかる。本を百万円買えば、収容する設備に百万円かかり、二百万円人件費にかかる」として、実際「週刊新潮掲示板」で資料室スタッフを募集している。

 あるとき、索引の採録方針について「重要な記事だけ索引するようにしたらどうでしょう」と提案したスタッフに「重要か重要でないかは、だれが決めるんだね?」と切り返したという。

 雑誌の収集についても索引の作り方についても、常にこのことを念頭に置いている。

経営危機とクラウドファンディング

 立花隆の「田中角栄研究 ―― その金脈と人脈」(文藝春秋、1974年11月号)の発表により世間に広く知られて、長年マスコミを中心に多くの方に利用していただいてきた大宅文庫も2000年を境に苦しい運営が続いている。

 2009年からは8期連続赤字決算が続き、たびたび経営危機が報道されている。ネットによる簡便な情報入手の発達が利用の減少を招き、出版不況それも特に雑誌は、2006年に起きた創刊と休刊誌数の逆転や、その後も続いた著名(老舗)誌の相次ぐ休刊、2008年には書籍との推定販売額の逆転、媒体別広告出稿(広告費ベース)でインターネットが雑誌を上回るという大変厳しい背景もある。

 大宅壮一の「限られた個人や企業だけでなく、広く多くの方に役に立つように」という遺志どおり、大宅文庫はあくまで「資料を広く大衆に提供する」ため、独自に利用収入のみで活動してきた。

 活動資金を生み出す果実も、潤沢な活動資金を提供してくれる母体もない。利用者の減少は館の運営を直撃することになった。

 2017年にはクラウドファンディングに挑戦した(READYFOR「大宅壮一文庫を存続させたい。日本で最初に誕生した雑誌の図書館」)。特定のプロジェクトを立てることなく「存続の危機」を訴えて、運営費の寄付を呼び掛けた。

 運よく目標額を達成できたが特にその上で700人を超える支持の声をいただいたことは、大変な励みになった。

持続可能な存続に向けて

 しかし同時に「何度も同じ呼びかけが通用するか」というご指摘の通り単年では何とか維持をしていけても、五年十年先が見通せる状態になるまでには遠く及ばない。

 そこで昨年、大宅文庫の存在自体を支えていただくための支援組織「大宅文庫パトロネージュ」を立ち上げた。年会費(寄付金)をいただいて直接運営に充てることが狙いだ。

 クラウドファンディングでも大きな力となった、著名な方の呼びかけによる応援を得るため、作家・ジャーナリスト等、呼びかけ人をお願いし、大宅壮一とも対談したことのあるデヴィ夫人に代表をお願いした。

 幸い1年目は多くの企業・個人の方の支援をいただくことができたが、さらに多くのお力を得るべく2年目の準備を始めたときに、思いもかけずコロナ禍にまきこまれた。来館利用を2カ月近く休み遠隔利用は続けたものの売り上げは昨年の3割程度に落ち込んだ。

 来年5月の開館50周年に向けて企画していたイベント等は中止、何よりこの情勢の下で支援のお願いをして果たしてどれくらいのご支援が得られるだろうか不安は尽きない。

 大宅壮一が遺した20万冊(うち3万冊は書籍)の資料も、各出版社のご協力を得ていまでは約1万2千種類80万冊まで増えている。

 冒頭で説明したとおりお世辞にも清廉な記事ばかりが載っているわけではない。しかし、ときの為政者にとって都合の悪い記事、学術的な視点のみでは記録できなかった庶民の日常等、網棚の上に放り出されそのまま忘れ去られてしまう運命だったこれらの資料は、ある意味公的な機関でなかったからこそ収集保存が叶ったともいえる。

 道のりは長いかもしれないが、「パトロネージュ」が未来へむけてこの貴重な知の遺産を繋いでゆく柱となることを願って、多くの皆さまのご支援を賜りたいと思う。

参考リンク

公益財団法人大宅壮一文庫公式サイト

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