米司法省がグーグルを独禁法違反で訴追、その訴状内容と判決の見通しは?

大原ケイのアメリカ出版業界解説

Google Pixel 4a
Photo by Ryou Takano

《この記事は約 5 分で読めます(1分で600字計算)》

 アメリカ司法省が日本の独占禁止法にあたる反トラスト法(以下、独禁法)でグーグルを提訴したニュースは、日本でも大きな話題になっている。訴状の内容はどのようなものか? 背景にはなにがあるのか? 今後どうなるのか? などについて、大原ケイ氏に解説いただいた。

大統領、下院、上院の「ねじれた」状態が背景に

 グーグルが独禁法違反で米司法省から提訴されたというニュースは、日本でも速報として伝えられていたが、その訴状の中身について、あるいは予想される今後の流れについては、二極化しているアメリカ政治の実態を把握していないと、わかりにくい部分があると思われるので説明を試みたい。

 まずは以下の2点が理解の鍵となるだろう。

  1. アメリカ議会では共和党と民主党の二極化が進んでおり、肥大化したIT企業の弊害に対する考え方ひとつを取っても、双方の政治的価値観が相容れなくなっている。今回のグーグル訴訟の原告は全員、共和党の知事(つまり保守的な赤い州代表)で、民主党の知事は1人もいない。共和党の基本的理念は「小さい政府」で、市場の自由競争を尊重する。一方の民主党は(ネットユーザーの)人権を守るために政府が積極的に経済に介入することを厭わない。
  2. 大統領選目前のアメリカは、大統領が共和党、下院が民主党過半数、上院が共和党過半数で占められるいわゆる「ねじれた」状態にある。そしてこの状況は11月3日の選挙で大きく変わる可能性がある。今後この訴訟を法廷で推し進める司法省側の人選は、大統領が指名することになっている。

 今回の訴訟はもともと全州の州知事が協力して準備調査を進めていたが、ウィリアム・バー米司法長官が先導し、11人の州知事が原告代表となって、グーグルが「違法な手段をつかって検索アクセスを独占している」として、首都ワシントンの地方裁判所に提訴したものだ。

 だが、その訴訟で求めている制裁は、訴状に「構造的救済措置(structural relief)」とあるだけで、実際に大企業の経営にまで立ち入っての組織の分割や子会社化など、具体的なことは書かれていない。

トランプ大統領の点数稼ぎか

 つまりこの内容ではたとえグーグルが敗訴しても、和解金や罰金を支払うだけで、あとはそのまま存続可能という判決に持ち込まれないとも限らない。訴追のニュースを受けてグーグル(親会社アルファベット)の株価が下がらなかったことからも、投資家サイドもあまり懸念していないことがわかる。

 時期的にもこれはドナルド・トランプ大統領が選挙前に保守派相手に点数を稼ごうと提訴を急がせたもので、証拠集めなど十分な準備調査がなされていない可能性がある。さらにもしジョー・バイデン副大統領が当選したら、バー司法長官はすぐに罷免され、訴訟が同じ形で継続されるかどうかも定かではない。

 一方で、この訴訟とは別に、ニューヨークを含む7州が協力している別の訴訟を準備していると、ニューヨーク州司法長官から発表があった。こちらは司法省の訴訟と違い、共和党、民主党の州知事が参加しており、準備調査が完了すれば、原告団として先の訴訟に加わる可能性があるとしている。ニューヨーク州の司法長官と配下の検察チームは長らくウォール街の大企業による違法行為を洗い出してきた経験があるので、検挙率にも定評がある。

無料サービスで「消費者に被害」を実証できるか

 さてグーグルの独占・寡占の実態はどのぐらいかというと、司法省の調査では、オンライン検索の88%をグーグルが占めるとされ、スマホユーザーではこれを上回る94%のウェブ検索がグーグルで行われ、一方で検索をした時に出てくるウェブ広告のシェアも70%だという。

 司法省が訴訟の根拠とするアメリカの独禁法はシャーマン法(反トラスト法の中心的な法律のひとつ)と呼ばれ、1890年に制定されたもの。「消費者に被害があった」ことを判断基準とするので、広告収入を主な財源とし、ユーザーには無料でプラットフォームを提供するグーグルのようなIT企業を取り締まるには牙が弱いとされている。

 過去の例では、1998年にマイクロソフトが独禁法違反で訴追され、2002年に和解の上で組織を改変したケースがあるが、実際に組織が分割されたのは1982年のAT&Tが最後だ。なのでまず法改正で時代に即した立法を打ち立ててから、それを施行すべきとの流れもあり、そちらは米下院の民主党議員を中心に動いている。

グーグルは徹底抗戦の姿勢

 アメリカ司法省に先駆けて、ヨーロッパ連合はEU独禁法にグーグルが違反したとして10年前から調査を開始し、再三にわたって罰金を課してきた。2017年に、グーグル・ショッピングで他社の商品の優先順序を下げたとして約24億ユーロ。2018年には、スマホにアンドロイドが有利になるような縛りをかけたとして約43億ユーロ。そして2019年に、グーグル・アドセンス掲載の条件が不当だとして約15億ユーロとなっている。2019年の年商が1600億ドルに達し、毎年約20%増の売上を記録しているグーグルにとっては大した金額ではあるまい。

 グーグル側は即座に、今回の訴訟は「重要な欠陥がある(deeply flawed)」と法廷に訴え、徹底抗戦の姿勢を見せている。グーグルが検索市場を独占しているとしたらそれは消費者の選択の結果なのだと主張している。

 したがって裁判となれば何年も続く長丁場となる可能性があり、グーグルが勝訴すればアマゾンやフェイスブック、アップルなど他のIT企業も訴追することは難しくなるだろう。逆にグーグルの敗訴となれば、アマゾン、フェイスブック、アップルなど他のIT企業に対しても独禁法違反の訴訟が相次ぐだろう。

 訴状はここで読める。

広告

著者について

About 大原ケイ 289 Articles
NPO法人HON.jpファウンダー。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
タグ: / / / / / / /