ジャンル別で不動の一位 ―― 中国書籍市場の3割を占める巨大な児童書市場の特徴(前編)

馬場公彦の中文圏出版事情解説

Photo by 丹丹 朱
Photo by 丹丹 朱(from Flickr / CC BY-NC-SA 2.0

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 北京大学・馬場公彦氏による中国の出版事情レポート、今回は児童書市場について。前後編でお届けする。

児童書は不動の市場占有率トップ

 先の連載記事で、中国の出版市場において、全売り上げにおける児童書部門の占める割合が大きいこと、コロナ禍の本年第1四半期において、児童書の好調さが際立ったことを報告した[1]。今回はこの児童書について、具体的なデータを踏まえつつ、その市場の特徴・趨勢・人気の背景・コンテンツなどについて、深堀りしてみよう。とりわけ児童書のなかでも絵本と小説のジャンルにおいて、日本のコンテンツの存在感が際立っている。その背景についても、具体的なタイトルに即して出版社側の仕掛けと取り組みについて紹介したい[2]

[2] 本稿の執筆に当たっては、ポプラ社事業開発局エグゼクティブアドバイザー東谷典尚様、北京蒲蒲蘭文化発展有限公司最高顧問石川郁子様、同中日業務連絡部副部長江崎肇様、株式会社PHP研究所CCO・ライツ部長林知輝様、新経典文化有限公司の副社長猿渡静子様、版権総監張苓様に取材をし関連情報の提供をいただいた。記して謝意を表したい。(以下、本文では敬称略)

書籍売上の3割を占める児童書市場

 中国全土の総小売書店売上データを踏まえて動向分析を行っている北京開巻信息技術有限公司によると、ここ20年来、児童書市場は堅実な伸びを示し、成熟段階にある。本年1~4月の書籍小売市場における児童書市場の名目売上は30%を超え、ジャンル別では不動の一位に居続けている。とりわけネット書店での伸びは著しい反面、リアル書店においては2014~2019年の間、売上の占有率は15~20%にとどまっている[3]

 コロナ禍の本年1~6月期は巣ごもり需要もあって父母の家庭教育、オンライン授業の副教材として児童書市場の伸びは大きく、小売店でのすべての書籍売上は同期比-9.29%であったが、児童書に関しては1.89%増であった。ただし児童書の新刊点数はコロナ禍の影響を受けて8975点と同期比で32.18%もダウンしたことを勘案すると、既刊書が牽引する児童書の堅調さがいっそう際立った[4]

 児童書をさらに細目で分けると、芸術・児童心理・古典・英語・ゲーム・漫画・絵本・文学・科学普及百科などがあり、売上・点数とも絵本・文学・科学普及百科が3大メインジャンルである。新刊書では新型コロナ関連の児童向け科学普及の絵本と読み物が多く出版され、科学普及関連書は児童書新刊の売上ランキングトップ100の3分の1を占めた。

 児童書の売行きの特徴は、第1に、既刊書が強くロングセラーのタイトルが市場を牽引するばかりでなく、シリーズもののセット購入が主流を占めていることである。このことが、中国の出版市場において稼働タイトル数は比較的少ないものの、高価格の商品が多いために、売上における児童書の貢献率が高いという結果につながっている。新刊書と言っても、長く続刊が出ているシリーズの新作が多くを占めるのである。

 特徴の第2は、タイトル数・売上額ともに翻訳書の比率が高いということである。本年1~6月期の児童書市場において翻訳書のタイトルは約39%に達し、先述の3大ジャンルのうち、絵本の売行き良好書の大半は翻訳物が占め、中国国産コンテンツの多くは文学関連で健闘している。児童書全体での売り上げランキングトップ100では翻訳書は30%を占める。このうちイギリス作家が最多を占め、『ハリー・ポッター』シリーズや、アンソニー・ブラウンの作品がある。次が日本とアメリカの作家である[4]。日本の作家については後編で述べよう。

児童書を支える都市中間層を中心としたベビーマーケット

 この巨大な児童書市場を支えているのが、大都市を中心とした比較的裕福な中間層を中心とした若い親たちである。2011年から一人っ子政策が緩和されて第2子を設ける世帯が増えはしているものの、中国の出生人口は緩やかな減少傾向を示しており、高齢化と労働年齢人口の減少という人口動態へと移行している。とはいえ、国家統計局のデータによれば、2018年の出生数は1523万人、2019年は1465万人と多くの新生児が誕生した[5]

 0~3歳までの乳児関連の市場規模は、2010年の8000億元(当時のレートで約10兆4000億円)から2020年は3.6兆元(約55兆7000億円/2020年9月現在の1元15.47円で計算・以下同様)に達し、年率15%の高速成長である[6]。中国では家計支出に占める教育費の割合はかなり高い。2016年学期後期から2017年前期にかけて高校までの1年当たりの家庭教育支出は1兆9042億元(当時のレートで約31兆4200億円)で、GDPの2.48%を占め、財政教育支出の6割に相当する。一家庭当たりの年間平均教育支出は、就学前から中学まで平均8143元(約12万6000円)で、うち農村部が3936元(約6万円)、都市部が1.01万元(約15万6000円)、高校では平均1.69万元(約26万1000円)、うち農村部が1.22万元(約18万9000円)、都市部が1.82万元(約28万2000円)である。各家庭の家計に占める負担率は就学前から小学校までの全国平均が13.2%、中学が15.2%、高校が26.7%である[7]

 そのうち児童書の購入には、初等教育の教科学習との関連性が強い。2019年の義務教育段階の在校生徒1.54億人を対象にして、とりわけ政府の推進する読書運動の効果は大きく、日本の文科省に当たる教育部が指定あるいは推薦した書目については、特に新学期開講の9月期において売行きを左右する。このため、「教育部推薦」「新課程指定」等の虚偽のキャッチコピーで出版したり図書を推薦したりする事案が頻発しており、ネット通販大手「当当」のプラットフォームで、上記のようなキーワードで扱う図書は3万種に上るという。そこで教育部はこの虚偽の宣伝に騙されないよう警告を発している[8]。各出版社はこの通達に応じて、急きょ関連の惹句を削除したそうである。

巨大ショッピングモールに格安テナント料で入居するモダンな書店

 北京・上海・広州・成都を始めとする大都市に行くと、巨大なショッピングモールにはモダンな書店が必ずと言っていいほど入っている。個性的なレイアウトと内装で、流行の最先端を行く空間だ。そこは単に書籍を販売するだけでなく、文具・工芸品はもちろん、カフェや美容院のほか、新刊発表トークショーや講演会などのイベントスペースを備えた、ハイセンスな文化生活の体験空間となっている。PAGE ONE、西西弗、言幾又、鍾書閣、単向空間など、新業態書店と称するもので、日本の代官山蔦屋書店や、誠品生活日本橋店のような複合型書店に近い。

 ここに入る書店のテナント料は格安で、場合によっては無料である。モールのオーナーが大都市の若い家族層の来客を見込んでいるからだ。とりわけ力を入れている空間がキッズスペースで、児童書や玩具を陳列している。この来店客がついでに、モール内の他の商店で買い物をすることが狙いである。

参考リンク

[1]https://hon.jp/news/1.0/0/29587
[3]http://www.chinawriter.com.cn/n1/2020/0529/c404071-31728352.html
[4]https://www.sohu.com/a/409063307_292883
[5]https://www.sohu.com/a/367570791_120245563
[6]http://www.chyxx.com/industry/201808/666949.html
https://www.sohu.com/a/139998833_677281
[7]https://zhidao.baidu.com/question/366796837806620652.html
[8]https://mp.weixin.qq.com/s/mm4IB71P0SaK-4MAjeXR_A

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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