コロナ禍を受け中国教育現場がオンライン授業にどう対応したか? ~ 大学編「停課不停学(授業を止めても学習を止めない)」

馬場公彦の中文圏出版事情解説

image photo by Andrey Filippov 安德烈
image photo by Andrey Filippov 安德烈(from Flickr / CC BY

《この記事は約 7 分で読めます(1分で600字計算)》

 北京大学・馬場公彦氏による中国レポート、後編は大学教育の状況について。前編の小中学校編はこちら

中国の教育現場から見たコロナ感染時期のオンライン授業(後編)~大学では教育の質が向上したとの見方も~

 いっぽう高等教育の現場はどうだったのだろうか。筆者は、北京大学において日本語および日本学の科目を担当する教員でもあるため、体験的知見を織り交ぜて実情の一端を示したい。

大学のキャンパス封鎖の中でオンライン授業

 教育部は2月4日に「防疫期間における大学のオンライン教育の組織と管理事業のための指導と意見」を通達し、初等教育の場合と同様、「停課不停学(授業を止めても学習を止めない)」の方針のもと、全面的にオンライン教育を実施することとした。授業の方式は、各地区・各学校に応じてさまざまなプランを採用することとなった。

 その結果、5月8日までに全国1454校の大学でオンライン教育を実施。103万人の教員が107万種の授業科目で1226万回の授業を実施。受講した学生は1775万人、ユーザーは延べ23億人に達した。科目はあらゆる専門分野に及び、実験や体育の授業も在宅で受講した。講義形式はネットライブ・録画・MOOC・リモート指導など、さまざまな形態で運用された。

 なかでもオンライン教育のためのすぐれた講義コンテンツとして、中国の有名大学の有名講師の評判の科目を結集した大学出版社の「愛課程(iCourse)」と、国内外の最高水準の講義を参考にして国内の大学の優良科目を掘り起こした清華大学の「オンライン学堂」は国内外で高い評価を博した[1]

オンライン授業の実践を通して4つの変化と3つの革命を実現

 感染症蔓延の期間はちょうど2月から6月までの第2学期(後期)に当たり、結局ほぼすべての大学でオンラインのみによる授業が実施されることとなった。オンライン授業の実践を通し、高等教育現場に4つの変化が確認されたという。

 即ち、第1に教員が教育の情報化・ネット化に習熟するようになり、教員の「教え」が変化した。第2にもともとインターネットやAIへの適応能力のある学生の自主性と教員との相互交流を喚起し、学生の「学び」が変化した。第3に従来の大学と学生の対面管理から背後に隠れた管理へ、ビッグデータに依拠した効率のよい管理へと、大学の「管理」が変化した。第4に物理的・心理的な壁が除かれ、時・所・人を選ばずに学べるようになり、教育の「形」が変化した。

 さらにオンライン授業は高等教育に3つのクオリティ革命をもたらしたという。第1にインターネットとAIを融合した技術により高等教育は「新常態(ニューノーマル)」へと不可逆的に転化した。第2に教員と学生の物理的距離は離れたが心理的距離は接近し、一方通行から双方向へと転化した。第3に講義方式が変わったことで教員は講義の内容と形式の再設計を迫られ、一方的な知識の伝授から学生の探求心と個性を引き出すような工夫が求められた。こうして教育現場は教員中心から学生中心へと転化した[2]

北京大学ではどうだったか

 現職の北京大学教員として個人的体験をまとめて参考に供したい。前期の授業日程を終え、中国が全国的な休暇に入る春節を前に、1月10日に一時帰国した時は、日本ではまだ最初の感染者が出ておらず(最初の感染者は1月16日)、中国では武漢を中心に感染の全国的蔓延が懸念されていた。

 当時の私の最大の関心事は、勤務先の北京大学の学生たちの安否と、授業開始はいつになるのか、北京には果たして予定通りの日程で戻れるかどうかであった。北京に戻れるかどうかは、北京大学から復学の通達があること、外国人専用の宿舎に受け入れる用意があること、航空便を確保できることの3条件を満たし、しかも14日間の隔離措置に従わなければならない。

(なお、本稿執筆時点でいまだに復帰の予定は立っていないばかりか、日本で再び感染拡大が懸念されており、ますます条件が厳しくなりつつある雲行きである。)

 日々、大学からの通達を注視してじりじりしていたところ、前述の教育部の通達に1日先駆けて2月3日に、「停課不停学」の方針のもと、新型コロナ発生以前から定まっていた学暦通り2月17日から、既定の課程表に準拠して、オンライン授業によって、新学期を開講する通達が出された。

 講義形式は教員によってパワーポイントのスライドショーの録画、MOOC、従来から北京大学のオンライン教育用プラットフォームとして備わっている北京大学Canvas、微信群(ウィーチャットグループ)など、随意に選択できるとはしたが、北京大学ホームページの教育ネットからダウンロードするClassinというオンライン教育ツールの活用が推奨された。

 早速Classinのソフトをインストールして登録したあと、2月6日から14日まで、北京大学の教務部教師教育発展センターによる8回に及ぶネットライブのオンライン授業のトレーニングが施された。1回は2時間で、センターのインストラクターが懇切丁寧に説明してくれたが、中国語が未熟でコンピュータに疎い私は、なかなか要領がつかめず、コロナウイルスを恨んだ。

 トレーニングのクラスでは教員からの質問に答えるQ&Aのプログラムが設けられたほか、さらに個別の疑問についてはClassinユーザーのための微信群を通して、どんな些細な疑問でも随時受付けてくれて、即時に回答を得ることができた。

Classinでの授業を終えて

 授業開講の日が来た。遅滞なく操作できるかどうか心もとないなか、自宅のPCからClassinのネット教室に入った。授業開始の時間が近づくと、登録した学生たちの顔が、一人また一人とスクリーンに登場した。

 学生たちはおしなべて春節でそれぞれの郷里に帰ったまま、自宅隔離の状態で受講する。講義をし、スクリーンの黒板に文字入力をしたり、PDFやワードの資料を広げたり、動画や画像を共有機能で鑑賞することもできる。

 疑問や意見があればそのつどチャットで学生が反応し、学生が発言する時は当人のビデオ映像をスクリーンに広げる。平素の対面授業と変わらない光景が再現される。むしろそれ以上に学生の反応がビビッドに伝わり、双方向性に優れた機能を体感した。

 私の所属する外国語学院日本語学科では、開講に先立ってビデオ会議が組まれた。そこで学科長の金勛教授が講話のなかで最も強調したことは、大学封鎖、居住地のロックアウトのなかで、教師や学友と寸断され実家に封じ込められた学生たちの不安を解消することに注力するようにとのことだった。

 Classinによる対面授業の再現性の高さと双方向性の充実は、学生たちの学びと教員たちの教えの日常を取り戻すことを可能にした。オンライン授業は外出による感染リスクをなくし、平穏な精神状態を持続するうえで有効な手段となりうることを実感した。

 開講後1週間が経過し、外国語学院から学生へのアンケート調査を踏まえての報告が電子メールで送られてきた。新たな教材開発に腐心した教師の労をねぎらう学生たちの多くの声が紹介され、よい反響が得られたという。

 そのうえで、ネット環境の不備からくる不都合、目の疲れなどの問題を指摘し、講義の速度を緩くすること、宿題の負担を減らすこと、とりわけ外国語学習においては双方向性を高めることが重要との助言がまとめられた。

 とりわけ発信元の我が家のWi-Fiは通信環境がよくなかったり、日ごとの通信速度に大きなばらつきがあったりして、しばしば悩まされ、学生たちに不便を強いた。同じ悩みは受講生の側もあったのだが、彼らはClassinの講義録画機能により、欠課や通信不良による受講不能の場合、再生で視聴できるというメリットがある。

大学院の論文審査もオンラインで

 講義期間が終わり、試験期間も終えたあと、6月19日から研究生(日本の大学院生に相当)の論文審査期間に入った。その時点で大学封鎖は北京在住の教員・学生に限り一部解除されたが、地方に帰省した学生・教員にはまだ復学許可は出ていない。そこで、修士・博士の資格申請・面接・審議・結果発表もまたオンライン形式で行われた。

 面接での答弁には、騰訊(テンセント)の会議ソフトかZoomが採用された。学生は審査委員たちの視界に360度写り込むカメラとマイク機能を用意してビデオ形式にし、すべて録画し、審査委員の投票はネットで無記名投票により決議され、報告書には審査委員の電子署名がなされた。

 7月2日、北京大学では卒業式が挙行された。卒業を祝う飾りつけが華やかなキャンパスに集ったのは、北京在住の僅かな指導教員と卒業生だけであった。外国語学院の同僚から私の微信に送られてきた写真をみると、例年と変わらない、充実感と喜びに満ち溢れた表情をしていた。

参考リンク

[1]http://www.moe.gov.cn/fbh/live/2020/51987/sfcl/202005/t20200514_454117.html
[2]注1と同じ

広告

著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
タグ: / / /