2019年中国出版市場の動向報告(後編)――オンライン書店・電子書籍・オーディオブックが好調

馬場公彦の中文圏出版事情解説

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Photo by Robert Scoble(from Flickr / CC BY

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 国土の広さもあってか、中国ではネット書店のほうがリアル書店より圧倒的に優勢。さらに、電子書籍やオーディオブックの普及も進んでいるようだ。馬場公彦氏によるレポート、前編はこちら

リアル書店をはるかに上回るネット書店の売上

 書籍の小売販売には日本と同様に、ネット書店とリアル書店の2つのルートがあり、インターネットとeコマースの普及によりネット書店の優位の趨勢がいっそう顕著になっている。2019年は名目売上額の7割を占める715.1億元(1兆1516億円)に上り、昨対6%の伸びであった(❶)[1]

 リアル書店は2019年上半期が前年同期比7.03%減、ネット書店は24.8%増と、オフライン販売の地盤沈下とオンライン販売の急浮上が鮮明になっている(❷)[2]

 ネット書店が活況を呈する別の要因として注目すべきは、割引販売の効果である。2019年のネット書店の対定価の掛率は59掛で、前年の62掛をさらに下げた。いっぽうリアル書店の方は89掛にとどまっている。

 ネット書店での書籍ジャンルごとの割引率で見ると、大半が6-7掛に集中しており、人気の高い心理学や自己啓発ものでは4掛以下のものもあるのに対して、工学・コンピュータ・法律等の実用書は下げ幅が小さく7掛以上にとどまっている(❶)。

電子書籍の普及と、オーディオブックの急伸

 あらゆる産業部門でデジタル化を推進している国家政策を受けて、デジタル技術を駆使しての読書が展開されている。その最たるものが電子書籍の普及であることは言うまでもない。

 ただ単に電子書籍による読書が定着しているというにはとどまらない。読書アプリ・オーディオブック・電子書籍リーダーなどの開発、図書市場のオンライン化・デジタル化・AI化、知識産業のデジタル化、メディアミックスなど、コンピュータやデジタル技術を活かした読書習慣の変容が全国民レベルで進んでいるのである。

 アイリサーチによる読書形式ごとの時間占有率についての興味深い調査がある。それによると、電子書籍が47.9%とほぼ半分を占めるに至っており、次いで紙本が24.1%とほぼ4分の1にとどまり、オーディオブックが17.5%にまで伸びている。残りの10.4%は新聞・雑誌である。

 1カ月当たりの読書回数で分類すると、電子は50.2回、オーディオブックも40.9回に上り、紙本は35.8回にとどまっている。読書時間で見ると1時間以上を費やすユーザーは電子35.4%、オーディオブック32.2%であるのに対して、紙本は22.4%にとどまっている(❸)[3]

 中国における電子書籍とオーディオブックの普及に驚くとともに、電子はさらっと流し読み、紙本はじっくり熟読という日本での通常の読書習慣とは真逆の実態に意表を衝かれる。

 ただし電子かそれとも紙かの二者択一的な読書習慣ではなく、電子も紙もという併読およびセット購入の傾向が顕著になりつつある。京東図書のデータでは、全書籍点数のうちセット購入された点数が2017年の14.3%から19年には35.1%と倍増し、電子書籍を購入したあと同一書目の紙本を購入する顧客の割合が2割近くなっている(❸)。

 読書習慣の変化を裏付ける別の調査資料がある。今年4月20日に中国55都市2万1270人を対象に実施された第17回国民読書調査を見ても、読書のデジタル化志向は裏付けられる。成人の何を媒体にした読書を好むかについて、紙本の割合が36.7%と昨対1.7ポイント下降し、スマホが43.5%(同比3.3ポイント増)であった。

 電子書籍閲読のデバイスは76.1%がスマホ、24.8%がブックリーダー、21.3%がタブレットPCであった。オーディオブックで本を聞く利用者が急増しており、3割以上に定着していた。デバイスとしてはモバイルオーディオブックアプリの利用者が16.2%、微信(ウィーチャット)のオーディオブック機能が9.3%、ラジオが6.0%であった[4]

学参・児童書・文学が好調

 売れ行き動向についてジャンル別にみると、2017年からの三年来、学参書・児童書・文学の三部門がトップスリーである。学参では教育改革の進行に伴い初等中等教育での課外読物関連の売上が大きく、昨対比で5割増加した。

 児童書では各家庭で子どもに費やす文教費が多額化しており、なかでも児童文学・絵本・科学普及百科のジャンルが拡大。2017年は取引額で65.6%、18年は66.4%、19年は69%を占めるに至った。そのうち特に科学普及百科は40%に達している。それは、AI、5G、ブロックチェーン、ロボット、VR、スマートホーム、ARなどへの関心の高まりが背景にある(❸)。

 学参と児童書の好調は、コロナ禍の本年第1四半期において、いっそう顕著となっている。在宅オンライン授業や試験対策などで大量かつ切実な需要が生じたからだ。売上推移を見ると児童書と教材学参部門のみが前年同期比を上回っていた[5]

ベストセラーランキングからみた売れ筋書目とは

 先述したように中国の読書界では新刊書ではなくロングセラーの古典が根強い。そのことは開巻サイトでの2016-2019年の4年間におけるベスト10ランキング一覧からも一目瞭然である。

 2019年のフィクション部門の10冊はすべて既刊書で占められている。例年常連の『解憂雑貨店(ナミヤ雑貨店の奇蹟)』『白夜行』『嫌疑人X的献身(容疑者Xの献身)』は、いずれも東野圭吾の作品である。2018年・2019年ベストワンの『活着(活きる)』は人気作家・余華の作品で、邦訳がある。

 毎年数点ランキングされている『三体』は日本でも早川書房から邦訳が刊行されベストセラーとなった劉慈欣の連作SF小説。2016年・2018年・2019年とランクインした『平凡的世界』は路遥による1989年の作品で、100万字全3冊の大長編小説であるが、超ベスト&ロングセラーである。

 しかし邦訳はいまだになく、なぜか日本での知名度は低い。同書の概要と中国での読まれ方については、別のところで論じておいたので参照されたい[6]。児童書部門では常連の『窓辺的小豆豆』は黒柳徹子の『窓際のトットちゃん』。『笑猫日記』『查理九世』はシリーズ作品である(❷)。

2016-2019年開巻ベストセラー(フィクション)

順位 2016 2017 2018 2019
1 解憂雑貨店 解憂雑貨店 活着 活着
2 追風筝的人 追風筝的人 解憂雑貨店 三体
3 白夜行 擺渡人 三体 三体Ⅱ黒暗森林
4 擺渡人 白夜行 三体Ⅱ黒暗森林 三体Ⅲ死神永生
5 三体 嫌疑人X的献身 三体Ⅲ死神永 平凡的世界(全三册)
6 従你的全世界路過 活着 平凡的世界(全三册) 紅岩
7 嫌疑人X的献身 三体 追風筝的人 追風筝的人
8 平凡的世界 三体Ⅱ黒暗森林 擺渡人 解憂雑貨店
9 百年孤独 人民的名義 百年孤独(50周年纪念) 白夜行(2017年版)
10 三体Ⅱ黒暗森林 三体Ⅲ死神永生 囲城 囲城
出典:公開資料を整理したもの

2016-2019年開巻ベストセラー(児童書)

順位 2016 2017 2018 2019
1 查理九世(26) 窓辺的小豆豆 夏洛的网 窓辺的小豆豆(2018版)
2 笑猫日记 狼王夢 草房子 夏洛的網
3 窓辺的小豆豆 夏洛的網 小猪唏哩呼嚕(上) 猜猜我有多愛你
4 狼王夢 草房子 狼王夢 小猪唏哩呼嚕(上)
5 查理九世(25) 笑猫日記-桜花巷的秘密 小猪唏哩呼嚕(下) 小猪唏哩呼嚕(下)
6 草房子 猜猜我有多愛你 窓辺的小豆豆 草房子
7 淘気包馬小跳系列 小王子 小王子 狼王網(昇級版)
8 夏洛的網 没頭脳和不高興 笑猫日記-又見小可怜 没頭脳和不高興
9 不可思議事件簿(1) 長袜子皮皮 我爸爸 小米圈脳筋急転弯
10 不可思議事件簿(2) 小猪唏哩呼嚕(上) 了不起的狐狸爸爸 小米圈上学記(一年級)
出典:公開資料を整理したもの

 京東の2019年ベストテンについても、総合と新刊書に分けて紹介しておきたい(❸)。

 総合部門のうち、2019年の厳密な意味での新刊書は第10位の『哇!故宮的二十四節気』のみで、新刊書部門で同書は第2位につけている。あとは既刊書が占めており、トップ100位でも新書の占める比率は2割にも満たない。とりわけ『現代漢語詞典』『三体』『平凡的世界』は例年ベストテンの常連だ。『原則』のみが翻訳書である(Ray Dalio, Principles: Life and Work)。

 新刊書では社会科学3冊、児童書2冊、文学2冊がランクイン。

2019年京東ベストセラー

順位 紙本ベストテン 紙本新刊ベストテン
1 習近平新時代中国特色社会主義思想学習綱要 習近平新時代中国特色社会主義思想学習綱要
2 現代漢語詞典(第7版) 哇! 故宮的二十四節気(套装24冊)
3 (朗声旧版)金庸作品集(套装全36冊) 這里是中国
4 牛津高階英漢双解詞典(第9版) 美国国家地理児童小百科(套装)
5 平凡的世界 習近平在正定
6 三体(套装3冊) 美国陥穽
7 我們的身体 肖秀栄2020考研政治1000題(上下冊)
8 原則 崔玉涛育児百科
9 半小時漫画中国史+世界史(套装4冊) 第五批全国幹部学習培訓教材(套装)
10 哇! 故宮的二十四節気(套装24冊) 人生海海

京東のビッグデータから見えてきた9種の読書傾向クラスター

 京東のビッグデータ(❸)から、いくつかの購買者層に見る読書傾向の特徴と人物像があぶりだされてきた[7]

(1)エリートママ――職場ではおだやかに、家庭ではよきママに

26-35歳までの購読者群のなかで、マネージメント関連の82%、児童書の70%は女性。

(2)硬派グルメ――厨房が男性の作戦本部に

26-35歳までの購読者層のなかで、政治軍事関連の60%、料理グルメ関連の50%以上は男性。

(3)理性のプリンセス――女性の大脳に入った書籍とポケットに入ったお金は誰にも奪えない

ビジネス書の男女比率は同じだが、金融投資関連になると女性の購買量は男性の2倍。

(4)高齢少年――いつまでもアニメの追っかけ

いくつになってもアニメへの熱い思いは変わらない。26-35歳の女性の購買量は同年齢の男性よりも大きく、36-45歳になると女性を逆転し、57%を占める。

(5)撮影マニア――曾遊の場所をすべて映像に

26-35歳は写真集講読の主力軍。とりわけ女性は男性の1.25倍。

(6)まめなおじさん――中年男性の消費はあらゆる分野に広がる

中年男性のファッションやコスメ関連の書籍購買量は青年男性の2倍。

(7)愛「国」青年――男は国学に目覚め、目には無尽のうんちくが

26-35歳の読者層のうち、国学(中国古来の学問、日本での「漢学」を指す)関連の古典を好む69%は男性で、絵画を好む75%は女性。

(8)アマチュア音楽家――音楽は人を若返らせ永遠の情熱家にする

男性は中年になると音楽への熱意が強まり、中年男性の音楽関連書籍の購買量は青年男性の17倍。

(9)宿題のベテラン監督者――孫がいる限りいつまでも勉強

祖父は祖母よりも孫の宿題の面倒を見たがる。56歳以上のうち、小中学校の補助教材の購買層は68%が男性。

〈了〉

お知らせ

本稿の筆者である北京大学・馬場公彦氏が、6月30日開催のJEPAセミナーへ登壇します。オンライン開催で、参加費無料。申込みは下記URLから。
https://kokucheese.com/event/index/597263/

参考リンク

[1]❶はhttps://www.qianzhan.com/analyst/detail/220/200115-928cf962.html
[2]❷はhttp://www.chyxx.com/industry/202005/865283.html
[3]❸はhttp://report.iresearch.cn/report/201912/3497.shtml
[4]https://mp.weixin.qq.com/s/qcaMVKe3bZ9Smx8NQVHabQ
[5]https://mp.weixin.qq.com/s/zDHWGpRXp7pyf0zYiFfK-w
[6]馬場公彦「知られざるベストセラー作家、路遥」『アステイオン』92号、2020年6月
[7]http://www.bookdao.com/article/419798/

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著者について

About 馬場公彦 32 Articles
北京外国語大学日語学院。元北京大学外国語学院外籍専家。出版社で35年働き、定年退職の後、第2の人生を中国で送る。出版社では雑誌と書籍の編集に携わり、最後の5年間は電子出版や翻訳出版を初めとするライツビジネスの部局を立ち上げ部長を務めた。勤務の傍ら、大学院に入り、国際関係学を修め、戦後の日中関係について研究した。北京大学では学部生・大学院生を対象に日本語や日本学の講義をしている。『人民中国』で「第2の人生は北京で」、『朝日新聞 GLOBE』で「世界の書店から」連載中。単著に『『ビルマの竪琴』をめぐる戦後史』法政大学出版局、『戦後日本人の中国像』新曜社、『現代日本人の中国像』新曜社、『世界史のなかの文化大革命』平凡社新書があり、中国では『戦後日本人的中国観』社会科学文献出版社、『播種人:平成時代編輯実録』上海交通大学出版社が出版されている。
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