日本のマスコミが伝えない日本の本の海外での評価はどれだけスゴいのかスゴくないのか

大原ケイのアメリカ出版業界解説

Photo by Pexels (Pixabay)
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 毎年のように村上春樹がノーベル賞をとるんじゃないかと騒ぎ、イギリス人のカズオ・イシグロがとったらとったで“名誉日本人”扱いしたがるほど、日本人は文学賞という「お墨付き」に弱いようだ。

 今年は多和田葉子が『献灯使』で全米図書賞の翻訳部門を受賞し、村田沙耶香の『コンビニ人間』が文芸誌ニューヨーカーの「今年のベスト」に選ばれたと騒いでいるが、実際のところ、これらは地元でどのぐらいの影響力がある栄誉なのか。

 まずは全米図書賞だが、“全米”と銘打ってあるにも関わらず、影響力は限定的だ。まだピューリッツァー賞のフィクション部門やノンフィクション部門を受賞したタイトルの方が売り上げに直結する。他は児童書ならニューベリー・メダルを受賞すれば確実に全米の図書館から追加注文が期待できる。残りはカテゴリー別に、ミステリーだったらエドガー賞、SFだったらヒューゴ賞を取れば即座に重版がかかるといった具合だ。

 だが全米図書賞を受賞の場合、ニュースとして取り上げない新聞やテレビ局が大半だ。さらに全米図書賞はアメリカ国内で刊行された本だけが対象になるので、国外では見向きもされていない。受賞者がアメリカの夜のニュースの速報で流れるわけでもなく、次の日から書店でフェアが始まって平積みになったりもしない。

 それというのも、既に名前や本が売れている人はノミネートにもかすらない現実がある。書籍出版業界の内輪で、とりあえずもう少し注目されてもいいよね、という人が選ばれる傾向にある。

 受賞作は小出版社からコツコツと初版数千部規模で出ているタイトルが多く、電子書籍が登場する前は受賞した途端にオンライン書店で売り切れになり、重版未定で何ヶ月も「幻の受賞作」となり、増刷分が書店に届く頃には賞をとったことも忘れかけられているのが特徴だった。

 賞自体は1936年に始まっており、カテゴリーが増えたり減ったりしながらもそれなりの歴史はある。80年代には「アメリカン・ブック・アワード」と名前まで変え、部門を増設し、ハリウッド業界のアカデミー賞のまねをするも数年で先細りし、また以前の地味な文学賞に戻ったことすらある。

 それでもいかんせん相変わらず注目度が低いというので20年前に非営利団体が立ち上げられ、テコ入れをすることになった。司会にスティーブ・マーティンといった有名人を呼んだり、受賞作家の講演ツアーを組んだりもしたが、大した効果はあげられていない。

 全米図書賞翻訳部門は今年から再開した部門賞で、これまでのフィクション、ノンフィクション、YA(ヤングアダルト)、詩歌に加えて5部門となった。授賞式で発表されるこれら5部門の受賞者よりも、事前に発表される生涯栄誉賞が2つあり、ひとつは主に作家に、もうひとつは書店長からテレビ局プロデューサーまでさまざまな形で出版に「貢献した」人に与えられ、こちらの方がまだマスコミに取り上げられる確率が高い。

 こうまでも盛り上がらない背景に、アメリカでは文学作家を発掘・評価するのに文学賞が要らないという構造的な違いがある。作家にはそれぞれリテラリー・エージェントが付いており、このエージェントを見つけることが日本での新人賞を取るのに値する。読者の方にも面白い本は自分で見つけるものであって、政府や業界団体の「お墨付き」を当てにしていないという気風がある。

 今回の多和田葉子受賞を傍観して残念だったのは、翻訳者に取材をするマスコミがほとんど見かけられなかったことだ。授賞式の場にさえいなかった多和田氏よりも、翻訳者のマーガレット満谷氏に取材すれば、日本語で答えてもらえ、版元のニュー・ダイレクションズ社がどのような出版社なのか、多和田葉子作品をどう評価しているのか、あるいはアメリカでの翻訳出版の実情などが詳しくわかるだろうと思うからだ。

 一方で、この時期アメリカのマスコミでやらないところはないんじゃないかというほど取り組む企画が「今年のベスト本」を選ぶというものだ。冊数やカテゴリーは様々だが、有力紙だけでなく、地方紙からオンラインのニュースサイトまでが、クリスマス商戦を睨み、自分たちお薦めの本をリストにする。

 その影響力は読者数・ユーザー数と比例する。そしてもちろん、ファイナンシャル・タイムズが推すビジネス書、タイム誌が推すノンフィクション、ニューヨーカー誌が推す文芸書は売り上げに直結する。

 『コンビニ人間』が選ばれたのはニューヨーカーのベスト本9冊のうちの1冊としてであって、果たして日本の報道では他の8冊がどういう本だったかというのはほとんど伝えられていないようだ。選者のケイティー・ウォルドマンは今年に入ってオンライン雑誌Slateから移ってきたライターで、ニューヨーカー書評担当としてはその評価はまだ未知数といえる。

 やはり、クリスマス商戦を前に売れ行きを伸ばせるのは、1誌だけでなく、どの有力紙にも共通して選ばれている本だったりするので、果たしてこれだけでアメリカ人が急に村田沙耶香作品に興味を持つのかといえば、おそらくはそうはなるまい。

 数多ある「今年のベスト本」特集の中には、タイム誌の「あなたがきっと逃してる読むべき本8冊」というリストもあり、ここにも『コンビニ人間』がその1冊として挙げられている。そう、タイム誌の読者にとっては「きっと逃している」本だったということだ。

 こんなことを書くと、せっかく日本の文学作品がアメリカで評価されて喜んでいるのに、水をさすなと言われそうだが、実は多和田葉子作品をじっくり出し続けている小出版社ニュー・ダイレクションズ社のデクラン・スプリング副社長も、グローブ・アトランティックという中堅出版社で長らくよしもとばなな作品に関わり、新たに村田沙耶香に取り組んだ編集者のエイミー・ハンドリーも、『コンビニ人間』を翻訳したジニー・タプリー・タケモリも私にとっては大切な業界の仲間なので、心からおめでとうと伝えたい。

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著者について

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NPO法人HON.jpファウンダー。日米で育ち、バイリンガルとして日本とアメリカで本に親しんできたバックグランドから、講談社のアメリカ法人やランダムハウスと講談社の提携事業に関わる。2008年に版権業務を代行するエージェントとして独立。主に日本の著作を欧米の編集者の元に持ち込む仕事をしていたところ、グーグルのブックスキャンプロジェクトやアマゾンのキンドル発売をきっかけに、アメリカの出版業界事情を日本に向けてレポートするようになった。著作に『ルポ 電子書籍大国アメリカ』(2010年、アスキー新書)、それをアップデートしたEブックなどがある。
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